穏やかな先生に親知らずを抜いてもらったときのこと

僕が高校生のとき、やたらと奥歯が痛んだことがありました。原因は虫歯だと思ったのですが、いったいどの歯が痛いのか検討がつきませんでした。しかたないので歯医者に相談しにいくと、どうやら親知らずが生えているとのことでした。

僕は当時、親知らずというものは成人してから生えてくるものだと思っていたのでビックリしたのですが、別に高校生で親知らずを抜歯するのは珍しいことではないと先生が言うので、僕は言われたとおり親知らずを抜くことにしました。

先生はすごく穏やかなかたで、口調も優しく、それでいて知的なムードを持っていたので、僕は全面的に彼を信頼していました。

いざ治療する段階になって、僕はベッドの上に横たわりました。あの歯医者の独特の匂いといい、音といい、顔の上から当てられる眩しい光といい、どれをとっても恐怖心をあおられるものです。

しかも僕は親知らずを抜くというのは、初めての経験でした。なにより僕を不安にさせたのは、なんでも僕の親知らずは平均よりもじゃっかん内側に向かって生えており、抜くのが少しだけ困難になる、と知らされていたことです。

しかし、先生はいかにも頼れそうな人です。僕は歯茎に麻酔を打たれたあとは、ただひたすら口を開けて治療が終わるのを待ちました。

思っていたとおり、先生の手際はよく、治療は順調にすすんでいるように思われました。

しかし、いざ親知らずを抜くという段階になって、先生が少し焦りはじめました。やはり僕の歯は内側に食い込み、抜きづらいようで、トライしては休み、トライしては休みをくりかえしています。

そして、何度目かの挑戦で、先生はなんと「チッ」と舌打ちをしたのです。

あれだけ穏やかだった先生が舌打ちをしたことに、僕はとてつもない恐怖を感じました。もうダメなのかと思いました。

でも、それは僕の杞憂に終わりました。ちょっと手間はかかりましたが、無事に親知らずを抜くことに成功したのです。

治療は成功したものの、やはりあの時に聞いた「チッ」という音だけは、今でも忘れられずにいます。

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